「ねえ」

「なんや?」

「忍足くんはなんであたしが好きなの?」

「それはな、跡部がお前のこと好きやからや」

「そっかー」

「納得したか?」

「うん!」

             
きれいに目前で笑う忍足くんを見て、あたしは「この笑顔を守る為ならなんだってするんだ」と
心の中で思った。



一ヶ月前に忍足くんに告白した時、忍足くんはほとんど目もあわさずに、ずっと窓の外を見ながら告白を聞いていた。あたしの拙い思いを伝える言葉が終わると、どうでもよさそうに一つ伸びをして「えーよ」と言った。緊張が一気にとけて、顔を上げたあたしに「でも跡部お前のこと好きやで?」と忍足くんは言った。

「あたしは!........忍足くんがいい」

「そうか」

「忍足くんが好きなの」

「ふーん、でも俺やったら跡部を選ぶけどなー?」

そういってにやにやとすごく冗談ぽく、そして自嘲気味に笑った忍足くんの顔をあたしは覚えている。


それから事あるごとに、忍足くんはあたしと一緒にいるようになった。登校時、休み時間、放課後、部活が終わった後など。 でもそれは最初だけで、だんだんと跡部くんが近くにいる時に限定されるようになった。あたしの首筋に顔を埋めながら、跡部くんの突き刺さるような視線をいつも楽しそうに受け止める。優しく頭を撫でられ、甘い声でささやかれたと思ったら、次の瞬間にはまるで興味を無くしたかのようにはねつけられる。わけがわからなくなったあたしは、何時もそこで跡部くんが立ち去った事に気づく。それでもさっき、首筋に感じた体温と前髪のくすぐったさをあたしは失いたくなくて、そこから先は能動的に何も考えないようにする。真綿で首をじわじわ締め上げるように、忍足くんの真意はあたしを浸食していった。



誰も居なくなった放課後の教室、忍足くんの腕の中で冒頭の問いを聞いて、予想通りの答えをもらう。「跡部くんがあたしを好きだから......跡部くんがあたしを好きだから.........」何度か口の中でその言葉をくり返してみるが、何も感じるものが無い。顔を上げて見上げながら、素直に心に浮かんだ事を言う。

「それでもあたしは忍足くんが一番好きだよ」

忍足くんは、とてもつまらない冗談を聞いたかのような顔をして「馬鹿馬鹿し......」と呟いた。おもむろに彼はあたしを教壇にのせると、キスをしてきた。長い腕があたしの背中に回り、頭を優しく掴む。口内に感じる暖かさに、うっとりと目をつぶった。あたしはこの気まぐれなキスが好きだ。

数秒間、忍足くんはその行為を続けていた。いつもならそこで終わるはずなのに、スカートの中に手が入って来た事に気づいて、あたしは少し驚く。今、跡部くんはいないはずなのに。

「忍足くん...........?」

「黙っとき」

そう言いながらシャツのボタンを外し、首筋から胸までキスをくり返されながら触られる。スカートの中に入った手は動きを緩めようとしない。一瞬、抵抗しようとしたが、忍足くんへの思いが強く、戸惑いも初めてへの恐怖をも押し流そうとする。なんの見返りも無い自分を欲する行為に感動し、あたしは泣きそうになるのを堪える。なんとか教壇からずり落ちないように、忍足くんの首に腕を回すと、腰を掴まれ、脚を無理矢理ひろげさせられた、手が優しく内股を撫でる。その感触に耐えられなくて首がのけぞった。

と、

ふと、廊下側に先ほどまではなかった人の気配を感じて、あたしは青ざめる。シャツを脱がそうとする忍足くんの手から逃れようとするが、がっちりと掴まれた腕はびくともしない。「忍足くん、やめ.........」そう言いかけて顔を見上げると、お互いの目が合った。

その瞬間、あたしは叫びそうになる。

忍足くんの綺麗な黒い瞳に写っているはずのあたしはどこにもいなかった。無表情にあたしを見下ろす双眸には、写っていいはずの何もかもが写っていなかった。全くの光彩を発しない暗い瞳、ただその奥の荒廃しきった絶望が、あたしに向けられていた。

目眩に襲われて、忍足くんの腰にしがみつく。

「忍足くんっ........!忍足くん!」

顔を押し付けて必死に呼びかける。

「............お願いっ!」

逃れようとする忍足くんに邪険に振り払われるも、その脚にすがりついて叫ぶ。

「あたしを好きになって........!お願い!」

「跡部くんよりも好きになって........!」



後は泣き声に途切れて、聞き取れなくなった。忍足くんは黙ってその慟哭をきいていた。そして再度あたしの手を振り払うと、教室から出て行った。

「う........くっ........」

床に突っ伏してあたしは泣く。涙が床に伝って、このままこの冷たいコンクリートに溶けてしまえば良いと思った。



その足音は、ゆっくり近づいて来た。
横に気配を感じ、肩に何かがかけられる。

「大丈夫か??」

もっとも聞きたくなかった声が、優しく問いかけてくれる。涙に濡れた顔をあげれば、心配そうな双眸とぶつかる。片膝をたて、その男はあたしを抱き起こした。

跡部景吾

完璧な容貌が目の前で揺れていた。嫉妬と殺意とが交互に押し寄せて、あたしの手が小刻みに震える。それを寒さと勘違いしたのか、肩から落ちそうになった自分のブレザーをかけ直してくれた。

「立てるか?」

「..............うん」

肩を貸され、ほぼ跡部の力で起こされる。ふいに、肩越しに柔らかそうな髪の間から覗く跡部の目が青い事に気づいた。

「どうした?」
             
まじまじと見つめるあたしの視線に、訝しげに跡部は聞く。その時、ガラス玉のような青にはっきり写し出されたあたしの姿。稲妻のように、とある答えがあたしの中にひらめいた。

「なんだ........そうだったんだ」

「?」

「そんなことだったんだ」

?」

あたしたちはとても単純な所を、ぐるぐるぐるぐるしていただけだったんだ。


「跡部くんがあたしを好きだから..............跡部くんがあたしを好きで...........................」

「跡部くんがあたしを好きなかぎり.......................」


そこまで呟いてあたしは可笑しくて、ふふっと微笑んだ。


「おい、どうした?さっきから何を言って........?」
           
背中を支えようとした手を遮って、その手に自分の指をからめる。
頬に手を添えると、目前の男は明らかに動揺した。


「あたし跡部くんが好きよ」

「本当に、今、心の底からそう思ったの」

             
魅入られたように見つめる双眸に自分の姿を溶け込ませながら
あたしはその完璧な青に唇を近づけた。









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