線香花火とまるまると太ったスイカをもって、光の家へ遊びにいった。
季節は初夏、蝉の鳴き声が頭上でわんわん鳴り響く。
暑い。

光は家にいた。
二階の窓から顔をだし、鍵はあいてるから適当に入りーと手をふられた。
お邪魔しまーす、とドアを開け、とりあえず花火とスイカが入ったビニール袋を、玄関横の廊下におく。家の中はしーんとしていた。いつもより靴が少ない玄関。今夜は家族が出かけてるから遊びに来い、とは言われたけど(本当に誰もいないんだな......)と思って靴を脱ぐ動作が緩慢になる。いつもは隅っこに靴をそろえてた。少し考えて、今日はちょっと勇気をだして光の靴の横においた。そっと寄りそいあったスニーカーとフラットシューズ。

Tシャツにジーンズという軽装で光が二階からおりてきた。Tシャツにはまた知らない英語のバンドの名前がある。たぶんイギリスのどっかのバンドだ。花火とスイカを「お土産」といって差し出したら「ありがとーさん」と体温の低そうな声でお礼をいわれた。トントンと水瓜の表面をたたく手つきは軽快だった。「なんか飲むやろ?」という声にうなづいて、ふたりでキッチンへ行った。冷蔵庫からミネラルウォーターを出して、光がグラスにそそぐ。

「最近水にこってんの?」

「ん?何でや?」

「ミネラルウォーターめずらしいやん。前は炭酸系ばっかやったのに」

「この間、白石部長が長いうんちくたれよってな」

「ああ、ええ水飲めやってやつ?」

「せやねん、先日遊びにきたついでにドカドカとボトル数本おいていきよった」

「はは、あの人健康オタクやもんな」

「世話好きやしな」

「可愛がられとるやん」

どうだか、と眉をしかめて光がグラスをわたす。キラキラと波紋をつくって水がグラスの中で流れる。一口飲むと、くんにゃりと歪んだガラスの向こうに光の素足がみえた。今日は何をしようか、という感じで光は冷蔵庫にゆったりと背をあずけ立っている。視線をゆっくり上にうつすと、Tシャツの袖口から骨張った肩と、すんなりとした二の腕がみえた。ちょっとだけ触れてみたい欲望にかられた。夏の男の子は眩しい。

何みとんねん?という顔で光がこっちを見た。

「.......いや、まぶしいなと思って」

「アホか」


スイカをとぷんっと風呂場の水に浮かして、光の部屋へあがった。
CDと数冊の本がつみあげられた、わりかしシンプルに片付いた部屋で、もらったクッションに飛びこみ、うーんと足をのばす。暑い中歩いてきたから、開け放たれた窓からふいてくる風が涼しい。エアコンがついてたらちょっと寒かった。そんな微妙な温度。もう少し物がおけそうな部屋だ。のばした足に、床の作曲用の機材ケーブルがふれた。パソコンにむかっている光に聞いた。

「そういや光ギター欲しい言うてたけど、まだ買ってないん?」

「んー金がたまらん」

「中古とかは?」

「中古はなー.....できれば新品買いたいわ」

「こだわりますか」

「こだわりますよ」

「新品高いやろ?」

「バイトせなあかんかもな」

「どんなバイト?」

「建設現場とか、そういう日雇いのやつ探しとる。金払いええし」

「......中学生男子やとってくれんの?」

「そんなんごまかしときゃええ」

さらっと真顔で言う。
バレたらどうすんだ、と思ったけど光は平気そうにしてる。この分なら夏終わりまでには何らかの方法でギターを購入しているだろう。光は、欲しいもんはどれだけ回り道しても最後は絶対手にいれるタイプだ。建設現場で、額に汗して働く光を想像したらちょっとおもしろかった。似合わない。もしおせっかいで、さし入れのお弁当をもっていったらさぞかしイヤそうな顔をするだろう。それを想像してにやけてたら「何笑っとんねん」とツッコまれた。

「ギター買うたら、好きな曲ひいてよ」

「いやや」

「......可愛い彼女の頼みやん?」

「彼女は確かやけど、可愛いかどうかは疑問やな」

「(クッソっ...)......そんな可愛いか疑問の彼女とつき合うとるのは誰ですか?」

「俺やな」

ククッと光は笑った。
光は笑う時、クールな顔に少し子供ぽさがでる。
それが好きだった。


午後にむけて、夏の日射しがやわらかくなってきた。
ごろごろしながら適当に光の部屋にある雑誌をながめる。光はパソコンにむかってキーを叩く。とりとめの無い話を私がむければ、光が返してくれる。たまに憎まれ口を叩いて。飲み物のおかわりを一階にとりにいった時、通りすがりに頭をふわっと撫でられた。行儀良くしている飼い猫をなでるみたいに。くすぐったかった。そんな風に時間がすぎる。同じ空間にいて、それぞれ思い思いのことをしている、でもすぐ触れあえる空間にふたりがいる。(今、世界中にいる恋人たちが同じことをしてるかもしれないな)と思った。この、のんびりとした幸せな距離感。

もうすぐ夕方だ。


「夕飯どうするん?」

「外で食べてもええけどな」

「あたし作んで?」

「ええけど、うち今材料あるかわからんで」

「ぷらぷらと買いに行こか?」

「散歩がてら行くか」

「うん!」

嬉しくなって、寝転がってた床から体をおこした。ふらっと散歩がてらごはんの材料を買って、作って、ふたりで食べる。ささやかだけど、とても楽しい夕食になりそうだ。何を作ろうかなあ、と思いながら鞄をつかんだ。


その時、ぴこんっとSkypeの発信音がなった。
誰かが光にかけたようだ。

「悪い、でてええか?」

「うん」

でかける支度をしたまんま光をまつ。光はネット向こうの相手と話を始めた。よくわからない単語が何度もでてきた、たぶん音楽関係の仲間だろう。光はネット越しに、そういう仲間をたくさんもってる。なんて言うんだっけ、あれ、ブロ....ブロ....そうだブロガーだ。そういうソーシャルネットワークで繋がった縁がいっぱいあるんだろう。

また床にごろんと寝転がった。
頭で今夜つくるレシピを反芻しながら。

何を作ろうかな?
えーと、光の好きなもんはー

白玉ぜんざい

うーん、だめだ。
それはデザートにまわすとして、メインを考えよう。暑いからそうめんとかかな?でもなんかちょっとさびしいな。やっぱお肉かな?肉にしよう、男子の好きな物の鉄板。ハンバーグとか良いかも。豆腐もいれてヘルシーにして.....あ、光ん家パン粉あったかな?あとでキッチンのぞかせてもらおう。

そうやって、必要な材料をそろそろ最後までかぞえ終えた時、ハタと気がついた。

光......話長いな........

みれば光はまだ画面向こうの相手と会話中だった。
楽しそう、声をかけづらい雰囲気だな。
でも、もうすぐ出ないと。
おそすぎる夕飯になる。

「光ー」

「んー?」

「買い物ー」

「すまん、もうちょい待って」

こっちをチラリとも見ないでいわれた。
正直........カチンとした。

それからもう少し待った。
なかなか光は話を終えなかった。
もう作るハンバーグのレシピも、添え付けの野菜を考えるのにも飽きた頃、何か画面向こうの相手がおかしいことを言ったのか、光が笑い声をあげた。ちょっとイラついた。あ、やばいなと心中で思う。笑顔が憎らしいて、それ大分頭にきてる。ダメだダメだ、と落ち着こうとした時にもう一度光が笑った。今度は画面向こうの相手の声もきこえた。


.....ハンバーグ、丸焦げにすっぞ



「光ー」

「わかっとるわかっとる」

「ひーかーるー」

「ハイハイ」

「.............」


あきらめて、ハァとため息をついた。
さっきの幸せな気分も距離感も、いつの間にかどこかへ消えた。
何だかもうお腹がすいてるとか、夕飯がおそくなるとか、そういうことはどうでもよくなってきた。窓の外の景色は刻々と暮れてゆく、もうほんとうに真っ暗だ。このまま今日が終わってしまう、そのあっけなさが悲しい。

光はこちらを見ようともしない。

ぼんやりと光の部屋をみまわした。
天井、壁、机、床、......最後、短パンからのびた眼前の自分の足に視線がいきついた。“今夜、家族がでかけてるから遊びに来い” か...........何かを期待していたわけではない。でも私の足の爪先には、色がほどこされている。何かを期待していたわけではないのに......今朝、服のさらにその下に身につける服をえらぶ時、すこし手が震えた。

急にそんなすべての自分の媚態が恥ずかしくなった。
あーあ、今日光の家のドアあける時、ケッコー緊張したんだけどな.......
がんばっちゃったな。
バカバカしいな。
こんなちょっとした勇気も
この体も、今はどこにも行きようがない。

光はまだ話している。
私のわからない単語を使って。
私がみたことない笑顔で。
クッソ、何だよ。ブロガーとかって。


頭の中で、ぷつんと音がした。


ぐぃっと服をつかむ。
着ていた服を手早く脱いで、下着一枚になる。
そのままの格好ですたすたと歩いて光の机の横に行った。

「光」

「あーすまん、わかっとるから」

「光」

「すまんて」


「セックスしよか?」


こっちをみた光の動きが、ピタッと止まった。
次の瞬間、光はあわててPCの音声を手で覆った。
ビデオ通話だったので、私の全身はバッチリ写った。

.........遅いですよ、財前光さん。

画面向こうの相手が「わ、悪い。彼女さんおったんか」と今更慌てる声がきこえた。そうですよ、ごめんね。彼女さんいるんでそろそろいい加減切って下さいね。しかも下着一枚なんでね。Skypeをオフにして、光がやっとこちらに振り向いた。

「.......お前、何考えとんねん」

「別に」

「今っ.........」

「あ、聞こえとったん?」

「........服っ....服着ろ!」

「あーお腹すいたなー」

「..........(くっそ.....)わかったわ、飯買いに行こ!」

サイフをひっつかんで、光が部屋をでる。
外にでた時に、わざと手を繋ごうとしたら光がビクッとなった
横顔が、ほんのりと赤い。

その光景は、ちょっと可愛かった。


ハンバーグは丸焦げにはならなかったけど、すこし形がくずれた。
それでも光はぜんぶ食べてくれた。

デザートはお土産のスイカを切った。
「白玉ぜんざいじゃなくてごめんな」と一応言ったら「あんなん暑い中食えへんやろ。水瓜でちょうどええ」と赤い果肉を口にしながら光が言った。


食事を終えると、ふたりで庭に出た。
蝉の声はもう遠く、草むらにかくれた夜の虫たちの声が聞こえる。
真っ暗闇の中、しんしんとした世界。

花火の時間だ。

バケツに水を用意して、庭先にしゃがんだ。
光がライターで線香花火に火をつける。一本につけたら、それを私が持つもう一本の線香花火に近づけた。ふわっとした輪郭を描いて、閃光がふたつになった。パチパチと闇の中、すこし焦げくさい匂いと、はじける綺麗な光。すぐ横で光の鋭利な顔に、ぼんやりとゆらめく花火の明かりが映える。いつもより近くに体が寄り添っている、息づかいが聞こえ、肌が触れあう。

光は、さっきから沈黙したまんまだ。

静寂の中、2人でじっと線香花火の輝きを見つめていると、この小さな世界で光と私だけになったような心地になる。それは幸せで、うっすらと怖い感じもする。

急に光が口を開いた。
すこし、切ない声で。

.......」

「うん」

「さっきはすまんかったわ」

「.............」

「.........何で無言やねん?」

「いや.....本気ですまなそうな光の声はじめて聞いたから」

「何やねん、それ」

「もうええよ」

「ええって....」

「光の照れた顔もみれたし」

「....っ」

「お前なー.... 」と悔しそうに光がいう。
照れて横をむいた光、その横顔にできた影が高い鼻梁を目立たせる。
この人の顔好きだなあ、と思った。

足元に花火の残骸がつもってゆく。
最後の二本の線香花火に、光がライターで火をつけた。
パチパチとはじける閃光をみつめて、私も「ごめんな」と素直に言った。


「さっき、あんな変なコトして」

「......ええんちゃうん?」

「え?」

ニヤッと意地悪そうに光が笑う。

「可愛いかったで?あの下着の色」

「....っ」

今度は私が照れる番だった。

最後の線香花火が燃え終わってゆく。
かすかに、消えゆく花火と似た閃光が、すぅ.....と光の黒い瞳に灯る。
ドキッとした瞬間、ゆっくりと肩を抱きよせられた。
光が髪の毛に頬をよせ、耳元で囁いた。

「.......本気にすんで?」

何を差しての返事か、すぐにわかった。

もう消えてしまう花火とは対照的に、ちりちりと焼けて光の瞳はまぶしい。
その二つの新たな閃光をみつめながら、記憶が脳裏をかすめる。
"光は、欲しいものは絶対最後は手にいれる"
誰の言葉だろう、と思ったら自分だった。
抱かれた光の腕はすこし熱かった。
ちょっとだけ、いつもは冷たい光の体温を懐かしくおもった。
でも、もう.......

線香花火が溶けてまざりあい、土に落ちる瞬間
そっ、と唇がちかづいてきた。

光が瞼を閉じ、すべての花火は綺麗に消えた。




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「私の彼は左利き!2012」企画さまへ。。。
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