らぶかつ企画様に提出させていただいた作品です。跡部さん×チアリーディング部の女の子のお話。
伸ばされた数本の腕により、わたしは空中へと投げだされ、その瞬間をむかえた。 地面がどんどん遠ざかり、青さに吸いこまれながら、観客の熱狂にわく声援を耳奥に感じて、わたしは空中の一番高い場所で姿勢をキープする。願わくば、ずっとこのまま、雲の切れ間からのぞく青さに、溶けてしまえればいい。地面も人々の視線も歓声も、遠い、遠い、下、この空には今わたししかいない。視界の端で、きらりと光る色に気づいたわたしは、
おかしいな?なんで今わたしを包み込む青とは、ちがう青が見えるのかしら?とうっすら意識をむけたら、その色が一瞬の強さで、わたしを射ぬいた。
落下するまぎわに見た、完璧な群青、ラケットを手にこちらをみすえた、王様の青ー
そう、わたしたちはあの空の一瞬で出会った。
テーピングを施した膝を組まないようにわたしは両足をカフェの床にそっとつけた。目の前でカチャカチャと皿が移動され、跡部の前にサーモンとアボカドを添えられたサラダがおかれた。うっすら、と脂が乗ったピンク色のサーモン、美味しそう、それは細い銀色ですくわれて、するりと跡部の口に吸い込まれる。食わねえのか?と目で問われて、わたしは紅茶の入ったカップをかかげて、遠慮の意志をしめしてみせた。
「痛むか?」
「ううん、今は大丈夫」
テープの上から膝を撫でると、それを巻いてくれた後輩の心細げな目を思い出した。それから今日の練習の、つかの間の自分の隙、回転する視界、踏み外した一歩。テーブル下で、癖で足を組みそうになって、それをためらった。ふう、と溜息とともに思う、もうここまでなのか、それともここまでよくやったのか、そろそろ時期だというのか、そういえばもう3年だ。
わたしも、跡部もー
キャプテンとして駆け抜けたわたしの3年と、部長として勝ち急いだ跡部の3年、お互いが背中を押し合った、この歳月。ゆるゆると、ぬるい紅茶に溶け行く角砂糖をながめていたら、それを素直に認めてしまうのは、この四角をスプーンでくだいて不自然に溶けさせるよりも、簡単な事のように思えた。
眉間に美しい皺をよせて、跡部が最後のアボカドの一切れを刺す、この目の前の美しさを損なわないように、正しさを見せつけるように、最後尾の一席に座る人にすらも、彼の夢をみさせるように、あの眩いコート上へと送り出すわたしの役目に、すらりと骨張った指が手にする銀色のナイフがつーと線をひき、幕を下ろしてくれないだろうか。優しく、今彼の喉元をゆっくり通り過ぎたやわらかい果肉のように。
白いナフキンで口をぬぐい、水を一口飲んだ跡部がみすえるようにその視線をわたしにむけた。問えと、カタリと指をテーブルで鳴らして無言の催促。
そのもう隅々まで知ったとて、非の打ち所のない青にわたしは降伏し、ためらいを暴かれることにした。
「ねえ」
「ん?」
「跡部はさ...........わたしがもう飛べなくても、わたしを好きでいてくれる?」
「..............」
落ちた沈黙に、更にキツく送られてくる視線、運ばれて来たデザートがただ無機質な音をたてて目前におかれた。甘そうなクリーム、その重量に体が重くなる、
重くなればもうこの膝を抱えては戻れない、ひどいな、そんなの。
跡部が一匙それをすくって、自分の口元に持っていった。
「おい、」
「え?」
「口開けろ」
「は?...........んっ」
甘い、突然口内に苺の酸っぱさと甘みが広がって、それをわたしはなんとか飲み込んで顔を上げれば、跡部のしょうがねえな、というあの見慣れた心やすい笑顔が目の前にあった。口の端をあげた王様の威厳。
「俺とお前はあの空を知っている」
「.........うん」
「だったらその帰り方も知っているはずだ」
「................うん」
もう一匙クリームをすくってそれをわたしの口に入れる。
「...........跡部」
「なんだ?」
「...........甘い」
「あたりめーだろ?俺が食わせてんだ」
のばした腕で、軽く跡部の剃りたての髪に触れるとざりっという感触、いつもとは違う似合わない雑な手触りに、確かめるようにそれを撫でる、何度も、何度も、跡部はされるがままになっている。
かまわずに長い指で丁寧に口に運ばれる甘さ。一口一口かみしめる度につたわる心地よさに、わたしはやっと、ゆっくりと、あの日の空から、地上へと着陸する姿勢に移行する、重力に逆らわず、もう地面までは、あと少し。
落下して地に足をつけたら、一回息をつこう。
そして今度は、この優しい手をとって
もう一度飛翔しよう。
0901211提出/100116帰還
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